灰釉ができるまで

●灰釉●
焼き物を彩り、堅牢にしてくれる釉薬。 その釉薬を、草來舎では地元の草木の灰から仕立てています。
昔ながらの技法で、灰と長石や土だけを合わせ、人工物は一切加えません。
木灰から作った釉薬は、木によって持っている成分が違うので、草木染が植物の種類によって色が違うように、灰を釉薬にした時も木の種類によって発色が違います。
上の写真は、左が松灰釉、右上が林檎灰釉、右下が藁灰釉の鉢です。
草木は燃やして灰にするほんの少しになってしまうので、大量に手に入るものでないと釉薬にはなりません。
草來舎が釉薬に使う草木は、剪定した林檎の木、脱穀が終わった田んぼの藁、徐間伐した赤松や楢など。
どれも里山の暮らしの中で無理なく得られるものばかりです。
燃やした灰を釉に仕立てるためには、まずは水をはった大きなバケツに入れて水簸(すいひ・水洗い)をし、アクやゴミ、不純物を取り除きます。
水に溶け出たアクが、バケツの水の表面に氷のような結晶になります。アクがしっかり抜けるまで、日に幾度も水を変えながら攪拌し、灰を沈殿させるのを繰り返します。
この水簸に一ヶ月以上も掛かることもあります。
アク抜きが十分でないと釉薬の濁りや縮れの原因となり、釉薬の融けも不安定になります。
しかしこのアクが釉薬の表情にもなるので、水簸をどこで止めるか、塩梅が難しいのです。
沈殿した灰を、徐々に細かいフルイを通してさらに沈殿させ、石膏の鉢に移して水分を抜きます。
次は布袋に入れて吊るし、さらに水抜き。
その後は天日で干してサラサラになるまで乾かします。
完全に乾くまでには、晴天が続いても何日も掛かります。
ここまできてようやく、釉薬の原料となるのです。
水簸して乾かすと僅かになってしまうその灰は、草木の生命のエッセンスだと実感します。
長石や粘土などの土石と調合し、ポットミルで摺り上げます。
灰それぞれの個性を活かし、美しい釉調を得るために焼成試験を繰り返し、調合を微調整しながら釉薬にしていきます。
草木の持つ力をガラスに閉じ込めたような灰釉。
灰釉の色合いは何げない日々の料理が映え、花々などをやさしく受け止めてくれます。素朴ながら飽きのこない釉薬です。
草來舎の代表的な灰釉「林檎灰釉」「藁灰釉」「松灰釉」について以下で紹介致します。
●林檎灰釉
私達の工房がある泰阜村は信州の南端にあり、林檎栽培の南限です。
草來舎では、この信州特産の林檎の木の灰から、釉薬を仕立てています。
発色は、赤い実からは想像もできない青い色。
毎年春先に近隣の農家さんから、剪定した枝や、品種替えで伐った古木などを頂き、夏の間に乾燥させ、冬になるとストーブで燃やして灰をためます。
林檎の木はゆっくりと燃え煤も出ず、燃やすとほのかに甘い香りもして、ストーブの薪として最適です。
ひと冬燃やした灰の量は一斗缶に4杯ほど、青白く美しい灰です。
この灰を水簸するのが春一番の仕事。
そしてこの仕事は、長く寒い冬が終わったなぁとホッとする時でもあり、農家さんへの感謝を改めて感じる時でもあります。
乾燥が済んだ灰は手に取るととっても軽やか。
右が林檎の木灰。左が赤松の灰です。
同じ灰でもこんなに色が違います。これが木の種類によって釉薬の色が違う所以。
灰の水簸が終わる頃、林檎の花が咲き始める頃に、来年用の林檎薪を頂きます。
そしてまた次の春に、ためておいた灰を水簸して釉薬の原料とします。
毎年の変わらぬ営みですが、その中に喜びや感謝があり、季節が巡る限り繋がっていく、林檎灰釉作りです。
※草來舎の林檎灰釉の作品ページはコチラ
●藁灰釉
草來舎の藁灰釉は、仲間が作っている田んぼの藁を使っています。
泰阜村は急峻な土地なので大きな田んぼが少なく、大型機械も入りません。
今でも手植えや、天日干しで米作りが行われている田んぼもあります。
村のあちこち、代々ずっと作り続けられてきた田んぼに水が張られ、田植えがされると、今年もまた夏が来るなと実感します。
秋が過ぎ、稲刈りと脱穀が終わると、藁灰釉作りの季節。
お米だけでなく藁や籾殻も、農家にとってたくさんの使い道がある大切なものでした。
焼き物屋にとっても藁や籾はかけがえのないもの。
かつて、日本国中の各地に、小さいながらも多くの窯業地があり、その土地の陶土に、その土地で取れた草木の灰から作られた釉薬を掛け、その土地の薪で焼き物が焼かれていました。
その多くの土地で、必ずといっていいほど使われてきた釉薬があります。
それが藁灰釉です。
藁はイネ科の植物でケイ酸が多く含まれています。
藁灰を多く配合して釉薬を仕立てると、ぽってりと白く白濁します。
厚みを持ち、釉薬としても強固で、日常の使用に耐える丈夫な器になります。
白く優しい色合いには、派手さはありませんが、しっとりとした美しさがあります。
初冬、脱穀が終わった藁を、時間を掛けてじっくり黒い灰に焼きます。
ゆっくり焼くことで釉薬に仕立てる時、他の原料との融け合いが良くなり、焼いた時の色合いも良くなります。
藁の灰はケイ酸で組織がしっかりしているため、他の灰釉より長時間ポットミルで擂ります。
この擂り加減でも発色や色の出方が異なってきます。
白といってもニュアンス豊かな藁灰釉。
料理をそっと控えめに引き立ててくれます。
日本全国で長い間作り続けられてきた釉薬だけに、特に和食との相性は抜群です。
※草來舎の藁灰釉の作品ページはコチラ
●松灰釉
一度の登り窯の窯焚きで使う赤松薪の量は、約600束。
そんなに燃やしても、窯の中に残る灰の量はわずか。1300度近くで焼き切った松灰は、焼き物屋にとって、この上なく貴いものです。
窯焚きのあと掃き集めた松灰を釉に仕立てるために、まずは水簸。
濃い茶色の灰は赤松ならではのもの。
赤松は多くの鉄分を含んでいて、地元の長石という石の粉とわずかな藁灰を合わせただけで、渋いながら深みのある緑色の釉薬になります。
窯の中が酸素が多ければ黄みがかった色合い、還元であれば緑色。
薪のくべ方ひとつで同じ釉薬でもこれだけ発色が変わってきます。
この緑色は赤松由来の鉄分によるもの、ビードロと呼ばれ、古来から日本人に愛されてきた釉薬です。
料理を盛り込むと、素材の色が活きる色合いだなと感じます。
※草來舎の松灰釉の作品ページはコチラ
その他にも楢灰から仕立てる釉薬は、土の色をそのまま見せる透明になり、その楢灰釉をベースにして、鉄を加えて黒釉や飴釉に、呉須を加えて瑠璃釉などの色釉も作っています。
※色釉の作品ページはコチラ
灰釉ではなく長石のみで釉薬とする長石釉も。 いわゆる志野焼と同じものですが、かなり高温でないと融けません。 登り窯の火の強いところで焼き込むと、美しい緋色を発色します。
※長石釉の作品ページはコチラ
また、登り窯の中で薪の灰が器に降り掛かり、自然と釉薬状になる「自然釉」も草來舎作品の特徴のひとつです。